Mr.Childrenというバンドの歴史

トップミュージシャンとして

売れることが目的だった

露骨な話をすると、歌手になろうとしている人は夢や理想といった目的を持っている人もいますが、大半は何かしら邪な思いで活動し始めたのがきっかけというケースが多い。例として、

といったようなパターンで活動を始めたという人がいる。実のところ、桜井さんにしてもそれは例外ではなかった。ただ彼の場合はまたかなり特殊で、バンド活動を始めたきっかけに『売れたかった』という点が大きいという。

『売れる』となれば、やはりミリオンセールスを当然にように出し、誰もが口ずさむような名曲を何曲と発表するのが歌手としての売れるという意味あいになるはずだ。そう考えれば桜井さんの目標は活動開始してから数年足らずで完遂してしまったといえる。innocent worldではシングルCDでダブルミリオンという、今の時代ではまず不可能と言えるレベルのセールスを何作もしているという点からしても、ミュージシャンとして至るべき場所に至っている事を意味していた。

はたから見れば素晴らしいこと、誰もが羨むような生活が待っているかのように思われましたが、逆に言えば売れてしまったからこそ出てきた問題点も上げられる。特にヴォーカルを務めていた桜井さんは何かと注目される立場に置かれ、マスコミだけでなくファンからもズカズカと踏み込まれてはいけない部分にまで踏みにじられてしまい、かなり病んでいたとも言われている。事実として、とある雑誌のインタビューではそれらの行為に対してやめて欲しいと、切実な訴えを出すまでだった。

心を病むまでに

00年代から本格的にミスチルの楽曲を聴くようになった筆者にしてみれば、まさか社会現象まで引き起こした、ミスチル現象などと言われる事態を起こせるほどのメガバンドに進化したミスチル、そのヴォーカルである桜井さんにそんな苦悩があったとは想像できなかった。ただ調べていくと、街を歩けば声をかけられるのは当然で、中には自宅にまで押し寄せることもあったというのだから、プライバシーもヘッタクレもない。

今でこそ大分落ち着いたものの、よくよく考えれば何か事件があれば一般市民の自宅にマスコミが押しかけて事件の概要を取材しようと呼び鈴を鳴らすといった、そんなことが横行していた。そうした中には芸能人の子供が一時期誘拐されたり、果ては殺害されたりといった悲劇的な事件が起きたこともある。桜井さんのそれもマスコミの常軌を逸した行いと共に、何処からともなく流れた情報を元にしてファンが自宅に押しかけてきたことも関係していたのでしょう。

ただそれらはあくまで一つの要因でしか無く、本当に彼を追い込んだのはミュージシャンとして『売れた後のこと』が一番堪えたと見ていい。

何もなかった

簡潔に言ってしまえば、売れたからその先に何かがあるかと言われれば何もなかったのだ。だがそれは目指す中で分かることなのではとも考えられるが、それこそがむしゃらに売れることだけを考えていた桜井さんにしてみれば、盲目的なまでの努力で見えなくさせていたのかもしれません。一躍時の人となり、出す曲全てがヒットするのが当然というまでに成長したミスチルというバンド、それに比例して彼の知名度もうなぎ登り、挙げ句の果てには心休まらない生活の連続で安寧とした時間がないばかりに、精神的に消耗していったのかもしれません。

それが97年の活動停止に繋がるきっかけを作り出した、そう言えるのだ。

一時期は解散を

もはや至る場所に至り、何もなかった事を痛感させられたと痛く思い知らされた桜井さんは、バンド解散を2000年に本気で考えていたという。ただそこで踏みとどまって解散という選択肢を選ばず、もう一歩先を目指すことになった。頂上に到達したからこそ出来ることをする、それが桜井さんを始めミスチルが出した結論だったのです。

売れる事は出来た、しかし売れた先には何処にも目標がなく、何をしていいかもどうすれば良いのかもわからない状態だ。トップになったものにはトップになったものだけが味わう苦しみ、それを桜井さんたちは経験したようだ。

ヒットした影で

ミスチルの人気が不動のものへと確立化された中で見れば、もう誰を目標にすることもなく、頂からじっと下を眺めているだけの生活というのは性分ではないだろう。やはり至るべき場所に到着した後、それが一番肝心な事と考えた方がいい。それならばまだヒット作を多く生み出していた。

ただミスチルのヒット曲も紐解けば紐解くと、まさかこんなドラマの主題歌になっていたなんてと驚きを隠せないラインナップだったりする。それを思うと曲だけ知っていればいいと思う気持ちも少なからずあったのかもしれません。

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