Mr.Childrenというバンドの歴史

ミスチルの歴史

活動の起源は80年後半から

名を残すバンドといえば数知れず、サザンオールスターズのようにメンバー全員がもう数年すれば還暦を迎えるといった往年のバンドもあります。サザンともなると筆者は世代ではないが、後年の90年代・00年代においてその活躍を刻み続けているため良く知っている、その先となるとかなりうろ覚えだ。学生時代にそれこそまだ生まれてもいないような時代の名曲を同級生が完璧に歌い上げていたこともあるなど、年齢差によるファン層がないことを思い知らされます。だからこその人気が故、例えファンではない人であっても『サザンオールスターズといえば』と問われれば、何かしらの楽曲名が浮かんでくるはずだ。そこに差はあれど、知っていることに変わりはない。ミュージシャンにとってこれほど嬉しいことはないのかもしれませんね。

さて、そんなバンドの話で主に若者から絶大な人気を集め、90年代の音楽黄金期で圧倒的な存在感と活躍を見せた一組のバンドについて取り上げてみたい。今ではほぼ伝説的に崇められているといっても過言ではない超一流の『Mr.Children』というバンドについてだ。筆者が彼らのことを知ったのは確か小学生の頃、バンド名こそ知りはしなかったがミスチルの楽曲だけは覚えているというところが原点であり、存在をきちんと認識したのは音楽に興味を持ち始めた中学生くらいだろうか。小学生時代は全くその手の方面に興味を持つことはなかったので、ほとんど知りもせず、バンドはもちろんアイドルという言葉も知らなかった。

それでもミスチルの楽曲だけは知っていたのだから、社会現象と言われるだけのヒットメーカーという肩書は伊達ではない。今でもその名を知らない、というより知らない人が果たしてどれくらいいるのかというレベルの方々になっているからこそ、改めて彼らの起源が何処から始まったのかを知っておきたいところだ。

ミスチルというバンドの起源は何処から生まれたのか、まずはそこを紐解いていこう。

高校の同級生から

ミスチルの原点、それは高校の同級生というよくありがちなところから開幕していきます。在学していた学校の軽音楽部に所属していた桜井さんと中川さん、そして野球部から引きぬいた田原健一さんと、もう一人のドラマーを担当していた男性と女性キーボードによる『5人組バンド』が原点となっている。これだけでも意外といえば意外なところだ。女性メンバーがいたという事実は知る人は知っているでしょうが、知らなかった人にすれば衝撃を受けるでしょう。事実、筆者もまさか女性メンバーがいたことには驚きもしましたが、その後の消息が語られていない事にも疑問が残ります。

色々調べてみましたが、加入したという女性キーボードはその後脱退しているものの、ある意味では良かったのではないかとも思えてくる。その人の名誉を傷つけるわけではないが、もしいたら桜井さんご自慢のあのハイトーンボイスではない、女性ヴォーカルを中心としたロックバンドになっていた可能性があるからだ。ミスチルといえば桜井さんのハイトーンボイスによる強烈な歌唱と歌詞によるところが最大の魅力的なポイント、それ無くしてあそこまでのヒット作は生まれなかったでしょう。

形として整ったバンドは活動を続けていくことになりますが、ある時コンクール用にと録音して送ったテープ審査の結果が言われる前にドラマーである人間が1人去ってしまった。突然の展開、もう間もなくコンクールのライヴ審査が控えているという時期だっただけに、急遽代打として別のドラマーを招いてその場をのり切ろうとします。この時期間限定で加入したのが、メンバーの1人になる『鈴木英哉』さんだった。

期間限定だからと終わればそのまま、というわけではなく、審査後には正式にメンバーとして活動していかないかと三人が勧誘し、これを承諾したのです。これにより鈴木さんを加えての四人が集結し、ミスチルというバンドの歴史が動き出すわけだ。そしてこの頃から加入していたはずの女性メンバーの足取りが掴めなくなるわけですが、まぁそこはそれとして置いておこう。

バンド名の変遷

ミスチルと、何気なく使用していますがバンド名にしてもメンバーにしても、一時期はふわふわな時があったほど不安定さがあったという。今でこそ信じられませんが、この4人が勢揃いするまでは残り三人の努力がこれでもかと積み重なってやっと出来上がった、そう言えるのだ。メンバーの入れ替わりも激しく、先のドラマーと女性キーボードにしてもだが、鈴木さんが入る前はメンバーである桜井さん・中川さん・田原さんの三人を固定であるものの、後は中々決まらなかったという。

メンバーにしてもですが、それはバンド名にしてもです。ミスチルと決まるまでに数度改名しているのも、バンドの方針と今後の模索を兼ねてだったと思えば迷走も理解できる点だ。どんな歴史があったのかというと、このようになっている。

年代バンド名メンバー数
1985年Beatnik5人
1987年THE WALLS4人
1989年Mr.Children4人

人数も固定せず、さらにはメンバーも流動的でバンドとしてままならなかったミスチル。一時期はドラマーがいなかった時期には桜井さんが代打としてドラムを演奏するなどしていたというので、それはそれで貴重な瞬間と言えるでしょう。

どうして『ミスチル』なのか

度々疑問に感じていた事がある、それはバンド名についてだ。あまり気にすることはないだろうと思うかもしれませんが、名は体を表すと考えている人も多いはずなので重要だと見ている人もいるでしょう。では一体全体、どうして『Mr.Children』という言葉の意味が正反対な単語を組み合わせたのかというと、これはメンバー全員の総意によるものだった。

改名を踏まえての集まりを1988年の12月末にて、ファミレスにメンバーが集合し、そこで再起の意も込めたバンド名に関する会議が開かれます。そこではまず、バンド名に『THE』を付けないことで一致、並びに四人が『Children』という単語の響きが好きだったからこれは絶対に入れようというのがあったという。自分たちが憧れるバンドも世界中で飢餓や貧困に苦しむ子どもたちに向けて放つメッセージ性の強い楽曲を作っていたことが影響しているようだ。

だがここで問題になったのが、大人になった後でも『Children』でいいのかという当たり前な問題に出くわします。そこで考えだされたのが、子供なのに大人の敬称である『Mr.』を付けることで決定し、正式に1989年1月1日よりミスチルというバンドが始動した。その後所属していた事務所から、もっと名前に広くプレゼンが上手くないとダメだと指摘されたことから、ミスチルとした理由に、

『大人から子供まで幅広く聞いてもらいたい』

という意味が加えられたという。

波乱万丈とまでいかずとも

ミスチルが誕生する前からバンドとして活動していながらも、その頃はまだ名も知られていない状態で下積み時代を数年間経験していたという。メジャーデビューした後の歴史から考えれば、そんな時代があったことなど信じられないという人もいるかもしれませんが、こういう時代があったからこそのミスチルとも言えるのではないでしょうか。漠然とヒットメーカーになったのではなく、積み上げてきたものがあったからこその『Mr.Children』だろう。

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